京都観光 おすすめ 寺院 臨済宗 北区
京都観光におすすめの寺院 臨済宗①
インドの菩提達磨が中国に伝えた禅宗のうち、晩唐の臨済義玄を宗祖とする宗派。日本には鎌倉初期に栄西が伝えました。江戸時代の白隠彗鶴は中興の祖といわれています。臨済宗には14の宗派があって京都には建仁寺派、東福寺派、南禅寺派、大徳寺派、妙心寺派、天龍寺派、相国寺派の7派の総本山があります。

●雲林院 (北区紫野雲林院町)本尊=十一面千手観音 824年淳和天皇が創設した離宮紫野院に始まり、仁明天皇皇子常康親王に伝領され、さらに僧正遍照に託されました。雲林院の菩提講は有名で「大鏡」はここで落ちあった二人の翁による昔語りという趣向で物語が展開します。在原業平が「伊勢物語」の筋を夢で語る謡曲「雲林院」の題材にもなりました。「源氏物語」賢木にも登場します。小野篁の墓もあります。

●金閣寺<鹿苑寺> (北区金閣寺町)本尊=聖観世音菩薩 山号=北山 世界遺産 1397年に足利義満が造営した北山殿に始まり、義満没後禅寺になりました。夢窓疎石を勸請開山とします。応仁・文明の乱による荒廃ののち、豊臣秀吉や徳川家康が帰依した西笑承体や鳳林承章らが住職となり復興しました。初層の法水院と二層目の潮音堂は和様の住宅風、三層目の究境頂は禅宗様の仏堂風となっています。金閣を映す「鏡湖池」には九山八海石などの名石が配置されています。金森宗和好みの茶室夕佳亭があります。
●正伝寺(北区西賀茂北鎮守庵町)本尊=釈迦牟尼仏 山号=吉祥山 1172年東巌絵彗安が師の兀庵普寧を開山として創建。後醍醐天皇の勅願所となりました。狩野山楽の障壁画があります。血天井、比叡山を借景とした庭園も有名です。

●大徳寺 (北区紫野大徳寺町)臨済宗大徳寺派の大本山 山号=龍宝山 大燈国師(宗峰妙超)が赤松則村の帰依を得て紫野に小庵を結んで「大徳」となずけたことに由来します。後醍醐天皇により「本朝無双の禅苑」として京都五山の上におかれ拡大すりも、対立する夢窓疎石に帰依した足利尊氏が政権をとると衰退しました。五山を脱し独自の宗風を構築し、堺の豪商尾和宗臨や連歌師宗長の支援を受け再興されました。一休宗純の真珠派、陽峰宗昭の龍泉派、東渓宗牧の南派、古嶽宗旦の北派が生まれました。豊臣秀吉が織田信長の葬儀をここで盛大に行い、菩提寺として総見院を建立したことからその後武将による塔頭建立が相次ぎました。千利休の帰依を受けて以来茶道との関係性も深まりました。中心伽藍は勅使門から三門、仏殿、法堂と南北一直線に並び、後方に庫裏、東に方丈が配される禅宗寺院の典型的な伽藍配置です。法堂の天井には加納探幽の描いた雲龍図が掲げられています。寺宝には「観音猿鶴図」(牧谿作)をはじめ、「本朝無双の禅苑」と記された後醍醐天皇宸翰御置文、大燈国師頂相、虚堂智愚墨跡など多数あります。
●黄梅院 本尊=釈迦如来 1562年創立の春林宗淑の庵室。小早川隆景を檀越に持ちました。武野紹鷗好みの茶室昨夢軒があります。「竹林七賢図」は雲谷等顔の代表作です。
●高桐院 本尊=釈迦如来 細川三斎が父幽斎のために創建。開祖は幽斎の弟である玉甫紹踪。茶室松向軒は三斎好みの二畳台目の席です。書院意北軒は千利休邸からの移築。「袈裟型の手水鉢」は有名です。興津弥五右衛門の墓、出雲阿国の墓があります。三斎の墓塔はもと利休の燈篭でしたが。豊臣秀吉に望まれたために利休はわざと笠の一部を削り断り三斎に送ったとのことです。李唐の描いた山水図があります。
●孤蓬庵 本尊=釈迦如来 1612年小堀遠州が龍光院内に建てた子院。開祖は江月宗玩。茶室忘筅庵と書院直入軒は有名です。「露結の手水鉢」も有名です。「喜左衛門井戸」と呼ばれる井戸茶碗を所蔵しています。
●聚光院 本尊=釈迦如来 三好長慶の菩提を弔うため三好慶継が創建。開祖は笑嶺宗欣。茶道三千家の菩提寺でもあります。茶室の閑隠席及び桝床席は有名です。方丈の南庭は百積の庭と呼ばれる枯山水庭園です。「四季花鳥図」「琴棋書画図」(加納永徳)「瀟湘八景図」(加納松栄)は方丈の襖絵です。
●真珠庵 本尊=十一面観音 堺の豪商尾和宗臨が一休宗純の弟子たちとともに一休の塔所として建立。茶室庭玉軒は金森宗和好みの茶室です。書院の通遷院も有名です。寺宝は大燈国師墨跡、一休宗純墨跡、襖絵四十一面や「商山四皓図」「硯子・猪頭図」(長谷川等伯)「達磨図」(墨渓)など多数所蔵しています。
●大仙院 本尊=釈迦如来 近江の六角氏の出身である古嶽宗旦が開創。大林宗套や笑嶺宗欣などを輩出。禅寺の客殿遺構として大徳寺内最古。庭園は国の名勝に指定。「四季耕作図」「四季花鳥図」「瀟湘八景図」、大燈国師墨跡など多数の寺宝を所蔵しています。
●芳春院 本尊=釈迦如来 前田利家の夫人松子が創建。開祖は玉室宗珀。楼湖閣は金閣・銀閣・飛雲閣とともに京の四閣として知られています。庭園は横井等飴と小堀遠州の作と言われています。
●龍源院 本尊=釈迦如来 畠山義元・大友義長らが東渓宗牧を開祖として建立。「龍吟庭」は室町時代の作とされています。
●龍光院 本尊=釈迦牟尼仏 黒田長政が父黒田如水の菩提所として創建。江月宗玩が入寺し春屋宗園を勧請開山としました。有栖川宮好仁親王が江月宗玩に帰依し有栖川家の菩提寺となりました。茶室密庵は小堀遠州作。密庵疳傑の墨跡をかけるために造られた書院床は密庵床と呼ばれています。寺宝は曜天目茶碗、密庵疳傑墨跡、竺仙梵遷墨跡な多数所蔵しています。

●等持院 (北区等持院北町)臨済宗天龍寺派 山号=萬年山 足利尊氏は夢窓疎石を開山として衣笠山南麓に創建しました。霊光殿には足利尊氏の念持仏とされた地蔵尊を中心に達磨大師と夢窓疎石の像が両脇に祀られ歴代足利将軍の木像13体が安置されています。足利義政好みの茶室清廉亭があります。庭園は夢窓疎石作。
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